急に具合が悪くなる(宮野真生子・磯野真穂)
2026-06-30

濱口竜介監督「急に具合が悪くなる」の映画を見たあと、原作本である本書を読み始めた。 本書は、哲学者である宮野真生子と、文化人類学者の磯野真穂の往復書簡を書籍化したものだ。
今日、2026年6月30日にはサッカーワールドカップ決勝トーナメントで、日本は強豪ブラジルと対戦することになっていた。試合開始は2:00からだったため、早めに寝てしまおうか考えていた矢先、半分近くまで読んでいた本書を再度読み始めて、止まらなくなった。途中から、もうW杯のことは忘れていた。
二人の性格は違う。宮野は、几帳面で責任感が強い。そのことは本人の描く文面や、磯野による宮野の描写からも見て取れる。磯野はPodcast「からだのシューレ」で「てきとうイソノ」と称されており、文面からは”適当”とは思わなかったが(自身が発する言葉の文意には正確かつ誠実である)、豪快な人物であることは伝わってくる。
二人とも学者として、専門性や言葉を磨いてきていた。一つの事柄に対して、巧みな比喩表現も素晴らしいのだが、お互いの感じている・見ている世界を、それぞれの視点から鋭く切り取り、僕たちが驚くようなパースペクティブを提示してくれる。
前半は、そうした二人の卓越した言葉の往来、そこにユーモアが加わり、次、次、次とページは捲られていく。
タイトルの「急に具合が悪くなる」という言葉は、乳がんを患っている宮野に対して医者が伝えた言葉だ。
がんの進行が進み、「急に具合が悪くなるかもしれません。」と。前半は、宮野が「急に具合が悪くなる」可能性はあるものの、病状的には、死からは少し距離があるようで、こちらも死の存在を濃密に感じることなく、読み進めることができた。
民間セクター、民族セクター、専門職セクター
家系に癌患者がほとんどいない僕にとって、癌の治療という話はテレビや書籍などで読み聞きするくらいだ。(我が家も、奥さんの家系も、脳梗塞などいわゆる血管系の病が多い家系である)
民間療法に傾倒して早くに命を落としたとされる芸能人や、いわゆる食事療法・温熱療法など代替医療とされるものの情報は、なんとなく生活していても見聞きする。同時にSNSなどで、そうした民間療法に対して標準治療の必要性を強く訴える人も目にする。
磯野は、医療人類学者であるクラインマンの3つのセクターの話を紹介する。1つは民間セクター、家族や友人・知人といった自分の日常で構成されるセクター。2つ目は専門職セクター。いわゆる医療者や、幅広く見るとソーシャルワーカーのような人たちも含まれるかもしれない。3つ目は民俗セクター(代替治療とされるものはこの民俗セクターにカテゴライズされるかもしれない。)
クラインマンは、例えば民俗セクターがダメだ、標準治療にしろということを言ってるわけではない。 磯野は、『民俗セクターは何を与えているのか、専門職セクターは何を与えなかったか』を考えることが重要であるという。
人は最初から代替医療を選ぶわわけではない。専門職セクターに対する信頼が挫けていた、その結果として民俗セクターによる治療を選ぶのではないか、と。
宮野は癌治療をめぐる言説は「<かもしれないの>の荒野」であると表現する。荒野の中を迷い、悩むのだがそうした感情は医師と宮野の間でしばらく共有されることはなかった。
ある時、宮野は友人の「主治医にちゃんと話しなよ」というアドバイスにより「今の私にどんな可能性があるんでしょう?」と、客観的なエビデンスではなく、宮野自身のことを問いかける。
その時点で、医師は専門職セクターでありながら、宮野の「民間セクター」へとその位相が少しずれる。
僕自身も普段対人援助の専門職として、人と関わっている。その際、キャリアに関する知識はクライアントより優位にあり、正しい決断をしなければならないというプレッシャーを(勝手に)感じている。
ただ、宮野は『一人で正しく選択するのだというプレッシャーをまず解除することで患者も医療者も楽になるのではないかと思うのです』という。
確かに、そうかもしれない。
医療、特に癌など命に直結する病気の場合は、「わかりません」と言うことはほぼ不可能であると言われる。 エビデンスに基づく確率論が語られる。そうした確率論を、磯野は「確率論を装った<弱い運命論>」であると喝破する。
その<弱い運命論>には、医師の「意図」も多分に含まれるだろう。
僕自身が支援するときはどうだろうか。経験則から「こうした方がいい」など助言を伝えることがあるが、確かにそれは時に誘導的であるかもしれない。支援職は、常に自分自身の<弱い運命論>にクライアントを巻き込んでいないか、自制が必要である。
生きるとは、「点と点が連結された状態」ではなく、「世界を知覚しながら歩むこと」である
磯野は文化人類学者であるティム・インゴルドの「ラインズ」にある「軌跡と連結器」という議論を引用しながら、人と人の関係性について説明する。
連結器は、いわば「輸送機」である。『輸送の目的は、出発地点と到着地点という点を、直線で連結し、荷物に変化を加えないよう横断させる行為』である。
専門職による当事者に対する「適切な接し方」というものに、磯野は疑義を呈する。言葉は、「正しく」輸送される必要があると人は考える。間違えた言葉が輸送されてしまうと当事者(患者さん)が傷つけられる可能性があるから。
ただこの「適切な接し方」は、クライアントとの契約関係にある専門職から発せられる。ただそれが「正しい接し方」として社会に膾炙することで、契約が存在しない関係性においてもそうした言葉の運用が適切とみなされる。契約関係はないにも関わらず、その関係は疑似的な契約関係となってしまう。
磯野がいうように、専門職はかなり特殊な契約関係によってクライアントとの協働関係を構築する。 対人援助職は、侵襲性が高い(クライアントの個人情報を深く知ることになったり、医師はそれこそ身体を切り刻むことになる)ため、その契約は必要だ。その契約があるからこそ、クライアントは安心して身を任せ、治療であたり、支援という目的を遂行する事ができる。
ただ、その振る舞いが、そうした契約関係を超えた領域にまで啓蒙されてしまうことで、その目的は喪失し、関係だけが契約的になってしまう。二人はその疑似契約によって、身動きが取れなくなってしまう。
自分の話に引き寄せると、僕自身は「歩くユースセンター」と名乗っていた。これは、ユースセンターというのもはハードではなく、若者が自分のニーズに気づく機会を提供し、そこにともに気づき、そうしたニーズを元に行動し、自分自身の自分自身の世界を創造していくプロセスは、ハードに関わらないという意志を込めている。
そうした意思があれば、どこであってもユースセンターになるのであるという意味で「歩く」という移動性を付与した。
一方で、「歩く」というのは、若者支援が面談室だけにとどまらないという意図も込めている。
2025年11月に行った栃木県の「ユースセンターひるね」のトークイベントで僕はこんなことを語った。
「ビジネスは交換の原理で動いている。どこに行ってもお金に交換されてしまう。僕は「歩く」ことで、互酬性 、人と人とのつながりを補完している。自分たちができることだけで、若者を誘導してしまうと危ない。
開いていって、いろんなところに歩いて行くと、可能性が広がっていく。そうすると(社会の中に)資源ができていく。ということは、若者の選択や可能性が広がっていく。
それは交換の原理では生まれない。「何かわからないけどやってみよう」というところから、互酬性は始まる」
専門職は「契約関係の中で、一時的な輸送関係を構築すること」と言えるかもしれない。ただし、若者支援は、ある状態から別の状態へ一直線に若者を輸送する装置ではない。それでは若者が生きていくことを支えられない。
また、僕は同イベントで、「謎を残しておく方がいい」とも話していた。自分が世界と接した時に、どうなるか、どんな自分が立ち上がるかは常に”謎”である。
繰り返しになるが、移行期を生きるというのは、自分が世界と関係し、そこから自分が感じている何かを感じ取り、表現する。小さなニーズを他者と共有し、人の力を借りつつそのニーズを世界に体現させていく。そうしたプロセス自体に生きる価値があるということを実感すること。その”実感の手がかり”を見つけることが、社会で生きていくという展望につながるのかもしれない。
磯野はいう。
『関係性を作り上げるとは、握手をして立ち止まることでも、受け止めることでもなく、運動の中でラインを描き続けながら、ともに世界を通り抜け、その動きの中で、他界にとって心地よい言葉や身振りを見つけ出し、それを踏み跡として、次の一歩を踏み出していく。』
歩みの中での「偶然性」の意味に辿り着いた哲学者、宮野
宮野は、哲学者「九鬼周造」の研究者であり、九鬼は、「偶然性」ということについて考えた。
最後に、印象に残った宮野の「偶然性」にまつわる言葉を置いておきたい。
『ごく当たり前のことを書きますが、選ぶためには選択肢が必要で、それが決まっていない=不確定な状態でなければなりません。つまり、選ぶとは不確定性、偶然性を許容することなのです。』
『選ぶとは、「それはあなたが決めたことだから」ではなく、「選び、決めたこと」の先で「自分」という存在が産まれてくる、そんな行為だと言えるでしょう。』
『選択とは偶然を許容する行為であるし、選択において決断されるのは、当然のことではなく、不確定性/偶然性を含んだ事柄に対応する自己の生き方であるということ。〇〇な人だから△△を選ぶ、のではなく、△△を選ぶことで自分が〇〇な人であることが明らかになる。偶然を受け止める中でこそ自己と呼ぶに値する存在が可能になるのだと。』
まさに僕自身が「歩くユースセンター」という言葉で表現したかったのは、この宮野の言葉に集約されるかもしれない。
歩くことで世界と出会い、その世界の不確実性/偶然性と出会うことで、自己が立ち現れる。実は自分はこういう人間だということは、実は言えない。
自己が立ち現れるという現象自体が、生きることの意味でもあるし、人生の楽しみである。
僕は、若者たちにそのことを実感してほしいのかもしれない。
**『それはなんて素敵なことなのでしょう。運命を生きるとは、こんな世界へとダイブすることであり、その時私たちはこの世界がさまざまな偶然という出会いから、自分を見出し、新い「始まり」が産まれてくることを知る事ができます。
なんて世界は素晴らしいのだろうと、私はその「始まり」を前にして愛おしさを感じます。偶然と運命を通じて、他者と生き得る始まりに満ちた世界を愛する。これが、今私がたどりついた結論です。』**
後半は、宮野の病状は進行し、モルヒネに頼る生活が続く。その宮野を見届けようとする磯野の葛藤も描かれていく。
昨夜、僕がこの本を読み切ってしまおうと思ったのは、いわゆる「一気読み」的なものではなく、終盤の二人の葛藤、死の重圧に気押されてしまい、今勢いのまま読んでおかないと、この物語から少し足が遠のいてしまうような、そんな気がしていたのかもしれない。
正直、生きることは怖い。
でも、宮野と磯野が編んだラインはこうして僕自身と交わり、濱口の映画を通してあらゆる人と網の目をつくっている。僕も先へ先へと、ラインを刻みたい。
強く、「生きたい」と思った。
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